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落胆

いえーい(はじめの言葉)
ここは、俺が独り言を書き連ねていき、自己満足に浸るためのページだ。
俺は誰かに何かの嘘をついている。もしかしたら、自分にも・・・。
だからここには真実だけを書こうと思う。俺の生きた証として。
だから、批判や要望は一切受け付けない。励ましのメール等も要らない。
俺は書きたいから書いているだけだし、書きたくなくなったら書くのを止めるだけだ。読んでいる奴のことなど知ったことか。
それでもよければ、一個の人間がどんな風に生き、どんな風に感じているのかを笑い飛ばして欲しい。

 


7/17

書きたい事は沢山あるのですが、いちいちエディタを使用しながら更新するのが面倒に感じます。
そういう人のために、あらかじめテンプレートが用意されていて、後はテキストを入力するだけのHPもあります。さるさる日記やエンピツや楽天等…。そこを利用すれば、デザインに時間をかけずにそれなりのHPが作成できるというメリットはあります。しかし、用意されているテンプレートというのは、大抵気に入らない部分が一つ二つ出てきてしまうものです。我慢すれば済む話なのですが、例えば自分がどうしても欲しい機能がない場合は、利用することが出来ません。それに、まだ僕は、ここを捨てて引越しをしようとは思いません。ここはここで続けていきたいです。
数時間試行してみた結果、テンプレートが用意されたサイトでテキスト入力をし、月1くらいのペースでそれをこの場所にコピー&ペーストすれば良いという結論になりました。
しばらくしたら更新します。

今日たまたま人の日記を読んでみる気になりました。相変わらずさるさる日記は続いてるんだなーとか、ブログってなんだろうとか、でも特に大きな変化はなかった。

最近思うことは、人は自分一人ではどうにもならない環境の中にいるという事です。分かりにくい表現かもしれないですが、明日交通事故で死ぬかもしれない。きっと死なないけど、可能性はゼロではない。あと5分後に心臓が動くのを止めるかもしれない。僕達は、そういうどうにもならない環境の中に存在しているという事。輝いてる人や、魅力的な人、それらの人が他の環境に置かれた時に、以前と同じ輝きを保っているという保証はどこにもない。
誠実な人、犯罪者、僕たちは人を好きになったり蔑んだりするけど、自分で決めている筈の心の中ですら、自分のコントロールの及ばない領域が存在する。
毎日日本にいる人全員が、何かを見て、何かを感じている。それが日記を通して表れていたりする。日記人口が100万人いたとして、その100万の視点がネットには存在している。その人の立場に立ってみたら、同じ事を感じ、同じ判断をするかもしれない。僕は、彼らが決して遠い存在には思えない。
そして自分もまた、日々の出来事を、感じたことを文字を媒介手段として綴っていきたい。飾らずにありのままの自分を置いていきたい。
ネット上の日記は、自分のダメな部分をさらけ出す場として機能しているのかもしれない。ここでは自分を飾る必要はない。誰かが日記を綴るという行為を褒めてくれる訳で はない。自分の存在を認めてくれる訳でもない。読みたい人が読めばいい。好かれようとか、嫌われないようにしようとか、気は遣いません。


7/19

日記を書くということは、自分の中で意味づけを行う行為に等しい。現在進行形の出来事に対して文章を書く事は出来ない。

ネットで出会った女性と実際に会うことになった。チャットでは話していたものの、まだ見ぬ相手の事を想像するとドキドキした。

「紺のファミリアに乗っています」というメールが来た。駅前の車の列の中から該当する車を探した。
女性が運転席に、僕は助手席に座った。女性に運転してもらうなんて、初めての経験だった。車が動き出し、景色が流れ出した瞬間、ある事に気づいた。運転席に座っている人が格好良く見えた。この人についていこうとさえ思う自分がいた。

周辺を適当にドライブした。「どうしましょうか」などと適当な事をお互いに言い合いながら、食事をしようという話になった。レストランや飲食店が並んだ通りの近くにあった地下駐車場に車を停めた。エレベータから地上にあがると、彼女はしきりに周りの視線を気にしていた。既婚者である彼女が、ここで偶然知り合いに会おうものなら、変な噂になりかねないからだった。もっとも、好きになってしまえば周りが見えなくなり、そんな事は気にしなくなるのだろうが。
僕たちは、テーブルに座り、メニューを注文してから、お互いどういう所で働いていて、どんな生活を送っているかについて話し合った。日常会話は成り立つものの、それ以上の会話は困難だった。僕と彼女とでは置かれた立場が違っている。彼女は完全に落ち着いてしまっていた。子供もいて、夫もいる。生活には困らない。周囲から変な噂をたてられない限りにおいては、何の脅威もない、平和な生活がそこにある。幸せもあるが、反面、刺激もない。このままでいいのかという疑問。そこから導き出された答えが、ネット上で男性を探すという行動に結びつ いたのだろう。

食事を終え、駐車場に戻った。地下にある駐車場に人気はなかった。薄暗い照明の下で、僕らはさっきと同じように車のシートに座り、これからどうしましょうという話になった。僕は何も言えなかった。こういう時、何を言うのが正しいのか分からなかった。「ホテルに行きましょう」なんて言える筈もなく、かといって帰りましょうとも言えなかった。彼女は特に要望を持たなかった。行きたい所や遊びたい所があれば連れて行ってあげようと思っていたのに。僕はその場で悩んでしまった。何も案が浮かんでこなかった。
「帰りましょうか」そんな言葉が口をついて出た。そう言うしかなかった。他に何もなかった。
「わかりました」と彼女は言った。しばらくの間お互い何も言えずに、沈黙の時間が流れた。僕は今日あった出来事を振り返っていた。もしかしたらという期待はあったけど、そんな筈なかったんだよ、そう上手くいく訳ないよなあ、そんな慰めとも励ましとも取れる内容の言葉を自分に言い聞かせていた。そうしていると、彼女が不意に口を開いた。「私、ふられちゃったのかな」まるで独り言のように呟いた。

僕には所詮、相手の気持ちを理解する能力などないのだ。

彼女は言った。「私は今まで11人の男性とこうしてお会いしてきたんです。毎回、食事をして、その後全ての男性がホテルに誘ってきました」
「じゃあ、毎回ホテルには行ってるんだ」
その質問に彼女は首を振った。
「じゃあ、毎回断ってたの?」
「誘われた後、私は何も答えないんです。そうすると、相手の方は察してくれるみたいで…。いつもはそうして食事をした後に別れているんです。実を言うと、今日も食事をした後別れるつもりで来たんですけど。今日は私の方がふられちゃったみたい」

ふるとかふらないとかいう話を、飲み込むのにかなりの時間がかかった。僕には結局女性の気持ちは分からないが、性欲のもとに誰とでもセックスしたがる男性に比べ、女性は男を見分け、線を引いているように思う。女性の方が感情的に恋をするものと思っていたが、そこにはロジックのようなものが存在し、「この人は友達として付き合うのはいいが、体の関係にはなりたくない。でもこの人は好きだし恋人として付き合っているからセックスしていい」というようなロジックで動いている。当然、女性は男性と同じように、オナニーをするし、複数人いる であろう好きな人とのセックスは、その中の誰としても気持ちがいい筈である。しかし、女性の現実的なセックスの対象となるのは実質一人であり、大抵の女性は、一人の男性にしか体を許さない。その男性が恋人であり、彼氏なのだ。

ふったつもりはなかった。女性とセックス出来ればそれでいいとさえ思っていた。
「キスしてみる?」彼女は言った。
駐車場は薄暗く、人気はなかった。僕は彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねてみた。それは、今までしてきたどんなキスよりも、味のないキスの味がした。彼女はしばらくの間黙って目を伏せていた。
電車の中、職場の中、どんな場所でも僕は、目の前にいる女性とセックスしたいと思う。ところがその願望は、現実のものにしたら味のないものに変わってしまう。見知らぬ女性に痴漢をしてしまう人、盗撮を繰り返してしまう人、その行為によって快楽を得る性癖の異常性を考え、僕は彼らに同情の念を抱かずにはいられなかった。

「あなた、何も感じないのね。私とホテルに行きたいと思う?」
思います、と僕は答えた。ここで断るのは、彼女に対して失礼のような気がしていたし、彼女をこのまま置いて帰るのは、彼女を傷つけてしまうように思えた。

彼女が車を走らせている間、彼女がなぜ僕とホテルに行くのかを考えた。今までよっぽど男に恵まれなかったのだろうか。
「好きな男性のタイプはあるんですか?」僕は尋ねた。彼女は僕の知らない芸能人の名を挙げた。
彼女にしてみれば、ある程度の会社に勤め、ある程度の性格なら、誰でも良かったのだろう。俺が日々、どれだけ苦労をしているかも知らないで。僕は女性の勝手さを蔑んでみたが、それが女性だという風に考えればそれまでで、責める気持ちにはなれなかった。

ホテルに着き、僕たちは冷蔵庫に入っていた飲み物を飲んだ。それからしばらくして、僕は彼女を抱きしめた。彼女の体は僕を求めていたし、事実彼女は濡れていた。僕は彼女の望む通りの事をした。そこにあるのは奉仕の精神と、快楽から派生してくる罪悪感だった。僕は所詮弱い人間だ。
ある人からこう言われた事がある。「女性の私が言うのも変だけど…、**君って見てると犯したくなるのよね」
女性は男性を見抜く。僕がどんなに弱い生き物かを彼女は見抜いていた。好きな人のために懸命に生きようとする一方で、男としての生活能力がないゆえに、気持ちだけが空回りするばかりだという事を。
鏡は見たくない。自分の弱い部分を知ったところで、気を落とすだけなのだ。

することを終えた後、彼女は駅まで送ってくれた。彼女は別れ際、さよならという言葉に付け加えて一言、「今日はごめんなさい」と言った。それは、僕の同情心を見抜いていた彼女の、謝罪の言葉だった。それに対して僕は何も答えず、ただ笑顔を見せるだけの事しか出来なかった。


8/1

自分の顔を見ても何とも思わない。自分の声を聞いても何とも思わない。
飲み会の何気ない会話から、ある人が僕が歌っているテープを聞いているらしい事を耳にした。嬉しくもなく、喜びもなく、ただ不思議だった。
僕のことを好きだという人に対して、俺の何が分かるんだと言ってやりたくなる。が、同情もする。嫌いだと言われるのは納得するが、好きと言われるのは納得がいかない。それは僕という虚像を見ているだけだと強く信じ、徹底的に嫌われようとする。
「ほら、やっぱり好きじゃなかったんだよ」事が終わった後に僕はつぶやく。
「好きだ」という言葉を、信じる。信じるのは恐い。安易に発せられた言葉なら、軽い気持ちで信じられる。
言葉に、どれ程の重みがあるのか。
「まだ好きだよ」と彼女は言っていた。