11/16

こんばんは。久しぶりの日記更新です。
やはり社会人となると忙しい。なかなか日記を書く時間が取れません。
今までは「時間」という概念すらありませんでした。しかし社会人になり時間がなくなった今、与えられた時間をどう使うかを考えるようになりました。
自分が時間の使い方について考えるようになるなんて、思ってもみなかった。時間は無限にあるものだと思っていたから。しかし、人間に時間は限られているってことにふと気づいた俺。

日曜日、せっかくの休みなので何か買い物しようとするんだけど、お店を何軒も回っただけで何も買わずに帰宅した。
久しぶりに銀行の残高をチェックした。この2ヶ月間で30万円も消費していた。
30万! もはやお金の感覚はなくなってしまっていた。
ここで買うと他の店よりも100円安く買えるとか、少し歩いてこの駅から帰れば運賃が20円安くなるとか、そういう事をうだうだ考えるのをやめてしまっていたのだった。
考えるのが面倒くさい。考えるくらいなら金をくれてやる。どうせはした金だから。
その結果がこれだ。

金は毎月ポケットに入ってくる。けれどポケットには穴が空いていている。俺はそれを知らないふりをして歩きだす。
社会人になったからといって、金が溜まる訳ではない。働く事に精一杯で金の使い方を考える暇がないから、無駄な出費がどんどん増えていく。
お金さえあれば幸せを手にできると思っていた。だが、お金だけあってもだめだ。

時間が欲しい。電車に乗る時間さえ惜しい。

朝の電車はあんなに混んでいるのに、帰りの電車はどうして空いているのだろうと不思議に思っていた。この前その疑問がようやく解けた。久しぶりに7時ごろに退社すると、電車は朝のラッシュ並みに混んでいたのだ。俺はその時はじめて、夜10時過ぎの電車が空いている理由がわかった。とともに、7時ごろに退社する奴らに対し、やり場のない怒りを感じた。更にむかつくことに、週末の終電間際の電車は飲んだくれたサラリーマンで溢れ返っている。こいつらみんな死んでくれと本気で思う。
サラリーマンになんか、なるもんじゃない。


11/17

いえーいひゃっほーっ! 今日は珍しく10時頃に帰宅できたので妙に嬉し楽しいハイテンションです。お酒を飲むよりずっとテンションあがります。自分の中では軽くお祭り状態です。

これをご覧になっている方はもうお分かりかと思いますが、サイトをxreaに引越しました。1年間申し込むと2400円なので、1ヶ月当たり200円という計算になります。迷わず2400円払っちゃいました。xreaの特徴としては、

・レンタルサーバーの中では比較的安価である
・CGIが利用可できる

その他にも色々あるのでしょうが、機能が豊富そうなのでここにしました。お金が無ければ無料で広告なしのport5も魅力的なのですが、次のような欠点があります。

・サイトに時々繋がらなくなる
・FTPに時々繋がらなくなる

繋がらないのは長いときで1週間にも及びます。そのたびごとに、もうport5なんてやめてやる、と誓うのですが、無料というメリットについつい決意が揺らいでしまいがちになります。でも、月々200円の出費で精神的な負担が減るのならば、サーバーをレンタルするのもいい選択だと思います。

以前にも書いたことがあるけど、日曜の夜は眠れない。そんな時はふと別の道を歩きたくなる。こんな筈じゃなかった。こんな人生でいいのだろうか。気持ちだけ焦ってしまい、眠りにつくことが出来ない。ところが今日一仕事終えて帰ってきてみると、別の道のことなんて考える気にもならなかった。それは単に変に染められたり洗脳させられたり順応したのではなく、精一杯休んだからなのだと思う。ずっと働き続けてばかりいると作業能率が落ちる。その損失分を補填しようとして、更に作業能率が落ちるという悪循環。それを断ち切るために、休みは必要なのだ。


11/18

いえーい! 今日も11時までに家に帰ってこれたぜ!! ちょっぴりハイテンションです。
今朝はなぜか会社に寝坊しちゃいました。上司がいなかったのでラッキーと思ったけど、部長さんがいらっしゃいました。はあ。遅刻しても誰からも文句は言われないものの、少しブルーになったりならなかったり。まあいっかという感じです。

営業ってのは、多くの人と会うし、相手はお客様だから気を遣います。他の職業にもそれぞれ違った苦労はあるのでしょうが、営業にもそれなりの苦労はあるようです。今そこから逃げたところで、僕には何もない人間になってしまう。空っぽだ。何もできない、存在価値のない人間にはなりたくない。

駅から寮まで結構歩くので、帰りは駅前のコンビニでおにぎりを買って歩きながら食べるのがマイブームだったりします。

明日も会社に行かなきゃいけないのか。しんど。
昔ほど日記を書く気力がなくなったのが悲しい。そういや、昔ほどオナニーしなくなってしまった。気持ちいいことを感じる余裕がない。

ムカつくことに、妹が俺に断りもなくノートPCを買っていやがった。しかもそれはうちの会社の製品ではなく、シャープ製だった。しかも妹はオリジナルDVDが作れると思って買ったらしいが、付属していたのは単なるDVD-ROMであった。昔から妹はこういう奴だ。親に金をせびり、パソコンを買い、おまけに独断でしょうもない買い物をし、その上全く懲りていない。買う前に少しは相談したらどうなのだろう。馬鹿は死んでも治らない。

もしかしたらまだ書いていなかったかもしれないが、Kが勤めていた店をやめた。しばらくして再就職した。職場は新宿にあった。
今日たまたま仕事で新宿に来ていたので、Kに会えるかもしれないと思った。だが、こういう日に限ってKは残業だった。勤務時間中にお互い会うのも規則に反する行為かもしれないが、せっかく近くに来て会えないのは歯痒いものだった。

久しぶりに日記才人の更新報告をした。ヒマな奴が更新したとしか思えない日記がうんざりする程あった。俺にしてみれば、殺してやりたいくらいだった。せめて日記を書く時間くらい欲しい。
時間が欲しい。あの頃に戻りたい。

今日初めてのお客さんと話をした。聞かされたのは、仕事話でもなんでもなく、愚痴だった。俺は一生懸命頷きながらそれを聞いていた。
仕事を終え帰宅みると、自然に口をついて出るのもまた、彼と同様に愚痴だった。
そんなに不満ならやめちまえよ。
心の中で声がする。今やめたら、きっと気持ちいい。


11/19

だめだ。気力が出ない。もう会社になど行きたくない。
俺はもともと駄目な人間だったのだ。欠陥品だったのだ。
そう信じてみると、少しは笑えてくる。
こういう時には、開き直りが一番だ。
仕事のプライオリティなんてはじめから低かったのさ。
とにかく今日を乗り切ろう。今日だけを乗り切ろう。全てを置き去りのままにしても、今日を乗り越えよう。
よくやってるよ、もともと駄目だったんだから。自分にそう言い聞かせて。

夜の記憶がないのが仕事の弊害だ。気がつくと会社の机に一人で座っている。俺、昨日寝たのかな。記憶がないから確信が持てない。過去が空白だから、今ここに自分がいるという感覚がない。何を書いたとしても、明日になれば書いたことを忘れてしまうんだ。
無益。何も生まれてこない。
怪我でもして数ヶ月間入院してみたいと思い、すれ違う車に身を近づけてみた。ところが、手馴れた運転手は寸前のところで俺をよけていった。

僕は人の目を見ることができない。人と話すことが苦手だ。この仕事がつくづく向いていないと思う。この体がいつかバラバラに壊れていくのではないかと疑うようになる。
でもまだ大丈夫。体はつながったままだ。とりあえず、体が壊れるまで働いてみよう。


11/30

もう月末じゃん。あっという間だ。書きたいことは沢山あるのに時間がなくて書けない。定時に帰れるサラリーマンがムカつく。せめて12時までには帰りたいのに、最近また忙しくなってきやがった。とはいえ、1ヶ月近く家に帰れない人もいるので、俺はまだ幸せな方なんだと思う。とKに話したら、その感覚が既に異常なんだと言われた。

ビンラディンさんよ、いつ東京にテロを起こしてくれるんだよ。お前は所詮口だけじゃないのか。起こすんなら早く起こしてくれよ。
富士山いつ噴火すんだよ。早く2穴同時噴火しろって。
関東大震災はもういくつ寝ると来るんだよ。毎夜悶々として眠れないだろうが。

この生活から抜け出したい。しかし、今の俺にはそうするために必要なものがない。
職場には活き活きと毎日を過ごしている人がいる。とても羨ましいと思う。人は一人一人違う。生命はそういう風に創られている。だから、環境に溶け込める奴もいれば、溶け込めない奴もいる。実際、毎年何万という人間が自殺する。毎日が楽しけりゃ、誰が自殺なんかするだろう。まず現実を受け入れることだ。毎年何万という人間が死んでいるということを。

先日、山に紅葉を見に行きました。

寮を出る時はこのように晴れていました。

紅葉はこんな感じです。 

山に来て、一眼レフを持ってこなかった自分に後悔。デジカメで数枚撮りましたが、本当に数枚しか撮らずに帰りました。人が大勢いて、落ち着いて写真を撮れなかったからです。カメラを構えている時、人の視線を感じることに耐えられません。

毎日を楽しく過ごしたい。多くを望んでるとは思わない。ささやかな夢をかなえたいだけだ。


12/2

今日は訳あって平日に更新します。その理由は、明日直出できそうだからです。しかも内容は仕事ではなく、単なる見学だから少し気が楽なのです。

ちょっとやそっとの事を言われても、傷つかないつもりだった。
俺はエレベータに乗ろうとした。会社に沢山の人間がいるとしても、エレベータで知っている人に会ってしまう事がある。いつも顔を合わせている人ならいいが、2,3ヶ月前に一度だけあったくらいの人だと微妙である。目が合うと気まずいので、俺は気づかないふりをする。
要するに、俺はいつでもどこでも人を避ける傾向にある。知っている人とばったり出くわし、世間話などをするのが苦痛だからである。

俺はエレベータが来るのを待っていた。誰かが来ないように、耳を澄ませながら。
エレベータが到着した。よかった。このエレベータに乗るのは自分一人だけだった。俺は安堵した。
エレベータからは5人、6人と人が順番にゆっくりと降りていった。しばらく経って俺が乗ろうとした時には、エレベータのドアは閉まろうとしていた。
「閉まる!」そう思い、反射的にボタンに手を伸ばした。
だが、エレベータの扉は閉まったまま開かなかった。エレベータはそのまま上にいってしまった。
さっきエレベータから降りた初老の女性は、遠ざかりながら隣の女性に話しかけていた。「あら、やーねえ、ボタン押してればいいのに、」
その瞬間、俺の中で忘れていたある感情が湧き上がった。

長い間、忘れていた――俺が生きていく中で、最も恐れていたものがそれだった。言われないように、それだけ言われないように、ただ気をつけ、ここまで生きてきた。時が過ぎ、いつの間にか周囲で言う者はいなくなっていた。

なんだろう、この嫌な気持ちは。そうだ、俺は傷ついたんだ。数分経ち、ようやく気がついた。
俺は未熟だ。そんなことは充分わかっているし、普段から認識している。それなのに、それを突いてくる人間がいる。

僕は、僕が存在することを、誰かに否定されたくない。僕は、僕が存在してもいいことを、認めてもらいたい。この感情が、僕を形成している。


12/7

いつもと同じ。会社に行きたくない病が発症する。ただ無気力。日記なのだから、日頃起こった出来事などを書いた方がいいのかもしれないが。(日記を綴っている多くの人たちはそうしている)

展示会にキャンペーンガールを雇うのは正しいか、とふと思う。彼女らは社員ではない、誰かがバイトで雇っている。大手企業が金を出しているだけあって、大抵彼女らは美人で若い。男性も女性も生きるのに必死だな、と思う。今の生活スタイルや現状を肯定できるのならいいが、俺は断固として反対する。一日でも早く、この生活から抜け出したい。タクシーに乗って4時に帰る生活など、俺の想像の範疇を超えている。あり得ない。
「ボーナスすごいんでしょう?」
いやいや、そんなに貰えませんよ。と俺は答えた。しかし、後になって考えてみると、俺はこの運転手よりボーナスは貰えるかもしれないと思った。そんなことより、俺がタクシー運転手として生きていけるのかが気になっていた。運転手という職業は、以前友人からも向いていると言われた事がある。タクシーの運転手になった方が幸せかもしれない。

しなければいけないことが多すぎる。
大人なのだから独立して生計を立てなければいけない。よって仕事に就かなければいけない。税金を払う、年金を払う、働く、etc。このような状況の中で、自分のしたい事が仕事でない場合、死んだ方がマシだという事になる。そこで、自分のしたい事とは何なのかを見極めることが重要となってくる。

講演の中で、慶応のなんとかという教授が言うには、フリーターの平均年収が200万くらいで、彼らにもっと金が欲しいかと聞くと、要らないと言うそうだ。金は要らないから、自分らしい仕事がしたいのだと言う。教授が言うには、自分が幸せかどうかは、自分のものさしでしか量れないのだと。確かにそう思う。医者になろうが社長になろうが、人から羨ましがられようが、結局は自分がどう感じているかであって、自分が良けりゃいいのかこの自己中め、と言われようが、誰だって自ら望んで不幸になりたくはないだろう。
幸せになりたい。でも幸せって、どこにあるんだろう。

そんな現状に満足していないオーラを知ってか知らずか、この仕事でいいのかと、それとなく聞いてくる先輩がいる。そこで「いやです」と答えたところで互いに気まずく、どうにもならないので、俺はいつも「一つの経験として自分のためになりますから、この仕事でいいと思っています」と答えている。これは100%嘘とも言い切れなくて、自分でやりたくないことをしても、自分のためになる事はよくあるからだ。ただ、俺はもうやりたくない事を十分にしてきたとも思っている。行きたくない学校に行き、したくもない勉強も沢山させられた。もう疲れた。これ以上我慢することに意味はあるのだろうか。

何気ない事が幸せだとよく言う。ほんとにそうだ。何気ない気づきや、何気なく言われた事、何気ない出来事など。その何気なさに気づけることが幸せなのだと思う。何気ない日常にこそ幸せはある。
それに比べて何だよ、この切羽詰った生活は。仕事に追われ、何がなんだかわからず、真面目な話、自分が言った事の記憶すらない状態で。これは周りの人も同様だと思うが。うちの営業部は異動希望が多いって、そりゃ当たり前だっつーの。

毎日のように働かなければ収入は得られない。収入がなければ生きていくことが出来ない。このどうにもならない問題の答をどうにかして見つけなければならない。


12/11

100万円。これが出来たら100万円というテレビ番組をみたことがある。
僕にとって、100万円という金額はあまりに高かった。どんなにがんばっても生涯、手にする事はないと思っていた。
しかし、社会人になればお金はどんどん入って来て、やがて出て行ってしまう。それでもお金は毎月入るので、徐々に徐々に溜まっていく。
100万円なんてすぐに溜まるさ。現に、1年前まで半引きこもりだった俺ですら、ボーナスを貰った後に貯金が100万円を超えた。別に、節約などしていない。欲しいものは自由に買った。それでもお金は溜まっていく。

以前は金のことばかり気にしていた。金の浪費を恐れ、金があれば幸せになれるのに、と己の不幸を悔いた。しかし、その悔いる時間こそが不幸なのであり、金のことなど気にせずに生きてみると、世の中は違って見えてくる。
俺にはしたいことが沢山ある。こんな生活続いて2年だ。3年後には自分のやりたいことに挑戦したい。夢はそう簡単には実現しないが、挑戦をしなければ夢を叶える土俵にすら立つことができないのだ。幸せになりたいのなら、その幸せを自分の手で掴みにいくしかない。そのための、若さだと思う。

家に帰るのが4時というのがあり得ないと書いたが、家に帰れるのはまだいい方だ。寝ずに2日目に突入するのは体力を消耗する。まあ夜中の2時だろうと3時だろうとオフィスに人は残っていて、ビルの明かりが消えないのを遠目に見てはいたのだが、ようやくこれで中の状況を実感できた。一度や二度ならいいが、こんな生活を10年も続けていられない。10年から20年下積みを経て、楽な管理職にありつける時代は終わった。今は管理職クラスの人間もまた、辛い生活を送っている。そんな彼らを未来の自分と照らし合わせる。今辛ければ、このままずっと辛いのだ。

この文章を誰が見ているかは知らない。俺はサラリーマンになるつもりはないからサラリーマン的な事は書かないし、まだ純粋な視点で会社を見られる年齢だと思う。従業員数が何万人もいる、いわゆる大企業は年商も大きく知名度もあるかもしれないが、全ての人間が優秀な訳ではない。優秀な人間が多くいる一方で、なんだこいつは同じ人間なのかと思うような、大人なのは外見だけの非社会的な人間も沢山いる。小さな企業だって先端の研究をしているかもしれない。ただ、多くの人間を動かせる点においては、大企業のメリットと言えるかもしれない。大きな仕事がしたければ、大企業に行く選択もいいと思う。潰れないから・親が安心するからといった理由で就職するのは、この世に生を受けた折角の幸運を捨て、可能性に満ちた人生そのものを無駄にするようなものだ。
機会があれば、次回は仕事の内容について書いていきたい。