8/10 滞留
前回の日記から数えると、20日くらい更新していない。自分にとってはあっという間なのに、随分と更新をさぼったように見える。
自分のしたい事は何かを探している。日常の不安や不満、それは、理想の生活と現在の生活のギャップから来ている。
学生の頃、よく昼間の丸の内線に乗った。丸の内線は御茶ノ水を過ぎた辺りから地下から地上に出たりするので、時折晴れた青空が見えた。朝のラッシュとは比較にならない程空いた車内に光が射し込む。朝の電車はサラリーマンが多数を占め主婦や学生が少数だが、昼にはその割合が逆になる。そこではサラリーマンが少数だった。俺はサラリーマンを安心しきった目で眺めていた。自分は将来あんな風にはならないという、妙な自信があった。自分は他人ではない、間違いなく自分なのだという自覚があった。事実、あの頃の生活はそれを許した。
はやく、この生活から抜け出さなければならない。
生きなければならないということは、ここから遠く向こうに見える島まで泳げと言われるのと似ている。海に飛び込んだはいいが、泳ぎ方がわからない。力の限りもがいても、呼吸は苦しく前に進めない。
明日からまた仕事が始まる。恥ずかしい話、日曜日の夜は緊張して眠れず、そのまま朝を迎えて会社に行く。一日会社に行って十日間くらい休日が貰えるのならいい。今は休む暇もなく働いて、このままでいいのかという疑問すら浮かんで来ない。会社が恐いのではなく、会社に行かなければならないのが恐い。恐いから帰宅してからの自分の時間が終わらないでくれと心から思う。
部屋のドアを開けたらまずテレビのスイッチを入れる。そして、オーディオデッキでCDを流す。それからパソコンをつけてインターネットをし、パソコンから繋がれた片方のイヤホンからmp3を聴く。パソコンで他の作業をしたい時は、もう一台あるノートパソコンで作業する。当然、音楽を聴いているとテレビのニュースが気になって、注意をそちらに向けた時には既にそのニュースは終わっていて肝心な部分を聞き漏らしてしまう。俺は一体何をしているのだろうと思う。
音楽を聴きたい時は音楽を聴く、テレビを観たい時はテレビを観る。そんな生活が一番いいに決まっているのに。
営業には一人一人に数字が割り当てられる。期末になって予算を達成できそうにないと、売上がどこかに転がってないかと部屋の隅々に至るまで探し回る。すると、現金を回収できていないまま、1年余りが経過した伝票が発掘されたりする。でも、一体どうやってこんなものを回収すればいいのだろう。
ある日、Kの指輪の石の部分だけが失くなっていた。それに気づいた時は二人して悲しんだ。それからKは、石のついていない輪だけを指にはめていた。僕はその輪を見るたびになんとも居たたまれない気持ちになり、次の誕生日に新しい指輪を買ってあげようと言った。その矢先、Kの浮気が発覚し、誕生日のプレゼントはしないままになった。浮気をした人間に指輪を買う気にはなれなかったし、おまけに、Kはその浮気相手に相当高価なプレゼントを貰っていたようである(思い出したくないのでこれ以上は書かない)。だから僕は、自分の少ない給料からのちっぽけなプレゼントなど、とてもする気にはなれなかった。
けれど、僕にはKしかいない。
指輪をあげられたらいいのに、いまだに買ってあげることができない。
指輪から石が失くなってから、一昨日会った時もずっと、Kの手には変わらず石のない指輪がはめられている。
8/13 欠格者
ついこの前日記を書いたばかりだと思っていたが、もう3日も経過していた。仕事をしていて思うに、月日はあっという間に流れる。こうやって年老いていって、やがて死んでいくのだろう。
昨日も今日も明日も出社しなければならない平日は、不思議と仕事をやめようとは思わない。そう思う余裕すらないのが実情かもしれないが、戦前・戦後の貧しさに比べたら、モノに溢れた現代は天国なのかもしれないとすら思えてしまう。仕事をやめたいピークは、よく日曜日の夜から朝にかけて起こる。とにかくこんな仕事はやめて新しい生活を始めようと、人が無謀だと言う未来を本気で思い描いている。
「**地区でウィルスが猛威をふるっています。**でも数台のパソコンの感染が確認されており、**階につきましては、現在ネットワークを遮断しております。……」
こんな文言で始まるメールが届く時がある。これはメールを感染経路とするコンピュータウィルスの警告文で、ワクチンを最新のものに保っておけば大抵のウィルスは防ぐことができる。
ところが、昨日の訪問先ではネットワークがウィルスに見事にやられてしまい、一日全く仕事が出来なかったという話を聞いた。
俺はウィルスが猛威をふるっているというメールを受信した時、脳内にアドレナリンがはしる。心の中で、もっとやれ、もっとやれ、とウィルスにエールを送る自分がいる。ウィルス感染は、閉塞された日常から非日常へと導いてくれる神のような存在に思える。まるで祭りの季節が到来したかのように心がドキドキする。あるいは大型台風が接近している時の緊張感に似ているかもしれない。予想の割に小さな被害でがっかりしたりするのは、破滅を望んでいるからなのだろうか。
人間は、もともと非日常的なものに憧れているものだと思う。だから夢を抱いたり恋をしたりするのではないだろうか。それなのに、ウィルスやネットワーク障害などで業務の中断を余儀なくされた時に決まって、「こんなんじゃ仕事にならない」と厳しい表情で言う奴がいる。業務の遅延で嘆き悲しむのは社長や管理職だけで十分である。会社に使われる身である俺たちは、この非日常を楽しむべきである。
コールセンターで働いていた事がある。想像の通り、ろくでもない職場だった。リストラされたサラリーマンやフリーターがいる中、リーダーは俺よりも年下の連中だった。彼らはリストラされたサラリーマンやフリーター達の管理をしていた。リーダーである彼らは彼らなりに真面目にやっているようだったが、その目はどこか俺たちを馬鹿にしたようにも見えた。ある日、リーダーの一人が異動することになった。彼が去る前、リーダーの一人が別れを惜しんで二人して抱き合っていた。もちろん男同士の冗談交じりの抱擁ではあるのだが、俺はそれを見ていて違和感をおぼえた。彼らの間には友情や信頼関係が芽生えたのかもしれないが、それをはぐくんだのはあくまで仕事でしかなかった。そこに気持ち悪さを感じていた。
日本が近いうちに潰れると真面目な顔で公言する人がいるが、そんな奴に俺は真面目に文句を言いたい。日本はちっとも潰れないじゃないか、と。普段は、この会社はやく潰れないかなあと祈っているのに、ちっとも潰れる気配がないので気を落としている。その感覚に比べたら、「こんなんじゃ仕事にならない」と厳しい表情で言ったり、仕事の仲間同士で抱き合う方が正常なのかもしれない。
8/18 落ちていく
またport5が繋がらない。これ以上ストレスを感じるのは嫌なので引越したい。
休日があった。だが恐ろしい程やる気が出ない。今も。起きたらヤフーのトップページにて、NY停電のニュースを知る。もし街全体が停電になったらどうなるかという映画『トリガー・エフェクト』を思い出した。「もし〜だったら」というのを作品にするのは最も簡単な創作手法の一つであって、実際には起こらないと思いながら見たが、本当に起こってしまった。
映画といえば、金曜にTSUTAYAにDVDを借りに行った。DVDといっても新作だけではなく往年の名作もちゃんとカバーしているので、昔の映画を観てみたいという人のニーズも満たしている。『カリートの道』や『ザ・ドライバー』などを発見して嬉しくなった。今度借りてみたいと思う。
なぜDVDを借りたのかというと、リッピングをしてHDDに保存する作業をしてみたいと思ったからだ。要するに暇潰しなのだが。ここで問題となるのは、avi形式とmpg形式のどちらで保存するかといった事なのだが、以前はDVDデッキで視聴可能なmpg形式がいいと思っていたが、最近ではaviの方が作業が楽なのでいいような気がしてきた。
自分はなんて駄目なんだろうと思う。この声は誰にも届きやしない。
この世に幸せな奴なんているのだろうか。
子供の頃、世界が素晴らしいと感じている自分がいた。その時感じていた素晴らしい世界に近づけるように、僕は踏み出していきたい。
Kとよくコンビニに行った。そこでデザートを買ってきて二人で分けて食べた。おいしかった。今になって思えば、今日何気なくコンビニでデザートを買ってしまったのも、その頃に少しでも近づきたかったからなのかもしれない。しかし、部屋の中、一人でデザートを食べてみると、ひどく虚しくなった。寂しい気持ちで胸がいっぱいになり、涙が出てきた。
檻だ。どこへ行っても、先には壁が立ちはだかっている。