11/1
久しぶりに日記を書こうと思う。といっても特に書くに値することはないのだが。
このまま更新せずに知らん振りをしようかと思っていた。そうすればこのサイトの存在などは忘れ去られるだろうから。HPの放置を決め込んでから二週間が経過しようとしていた。
でも、どういう訳かカウンターが回ってるんだよ! 一体誰のしわざなんだよ。やっぱり2chのせいなんだろうか。あのスレを読んだ人が”何だろう”と不思議に思って訪問してくるのかも知れない。だとしたら呪われてるな、このHPは。
以前にも書いたが、毎日webで日記をつけている人は本当にすごいと思う。あれだけのパワーは一体どのようにして得られるというのだろう。毎日個人の生活を記録したところで、誰から賞賛されるわけでもない。褒められるわけでもない。代価が得られるわけでもないのに。俺はそんな面倒なことはしない。やる気がなくなったら放置。HPを閉鎖することさえ億劫に感じる。どうせスペースは無料なのだ。作りたくなったらまた作ればいいだけだ。
俺がHPスペースを頂いたport5という所は、この手のサービスにしてはめずらしく”広告なしCGI設置可能”なサイトである。もちろんサーバがしょっちゅうダウンするという副作用もあって、平気で2,3日の間自分のサイトに繋がらなくなるし、FTPにもアップできないから精神的苦痛を味わう事もある。しかも、このサービス自体いつまで続くかわからない。ホットカフェやlivedoorのように潰れる可能性は充分にあるだろう(ホットカフェの存在を現在どれだけの人が憶えているのかわからないが)。しかし、全く金を払わずにHPスペースが得られるサービスは、やる気の続かない俺にとっては重宝している。
とにかく、俺が言いたいのは、更新は自分のペースで続けていきたいということだ。俺はこのHPを閉鎖する気などさらさらないし、時々、”ページが見つかりません”というエラーが出てページを参照出来ないこともあるけど、それはサーバが落ちているだけの話であって、俺がログを消去した結果そうなったわけではない。
なぜこれほど更新が出来ないのだろう。その日あった出来事を書くのは、そんなに難しいことではないはずなのに。理由を探ってみよう。
俺が更新してた期間(5月〜7月)→暇だった。
俺が更新をさぼっていた期間(8月〜9月)→バイトで忙しかった。
これで理由がはっきりした。俺が更新できなかった理由は忙しかったからだ。
じゃ、今俺は忙しいのか。→忙しい。
なぜ忙しいのか。→卒研の勉強と文化祭があるから。
なぜ言い訳するのか。→言い訳なんてしてない。客観的なデータを元に事実を述べただけ。
気持ちがないのではないか。→気持ちはいつだってある。
途中で彼女との会話の内容にすりかわってしまった。彼女はちょっとでも電話を休むと、気持ちがないだの冷たいのと言ってすぐにいじける。それじゃあいつでもそばにいればいいのかい。そんなのは現実的に無理だし、もしそれを実行したら俺はヒモになっちまうよ。この前なんて、「犬を飼いたい」などと言ってきやがった。俺がなぜかと聞くと、「家に帰ってきたあと、癒されたいから」なのだそうだ。
俺がいるというのに、犬なんか飼うのか。これは何とかして阻止せねば。そう思って、「俺がいるじゃん」と言ったが、「毎日いるわけじゃないでしょ」と言い返された。彼女は毎日そばにいる男となら、誰でもいいんだろうか。
電車に乗った。買い物から帰ってきたらしきおばさんが手に荷物を持って立っている。
俺からして見れば、こんなおばさんの人生なんて道楽そのものだ。家にいるだけで金が入って来るのだから。おばさんが今そんな生活を得ることが出来たのも、夫とある契約を交わしたからである。結婚という契約を。考えても見て欲しい。昔はどうだったかわからないけど、今じゃ30は過ぎているように見えるこのおばさんの適正な賃金は幾らになるかを。女性としての魅力を失った今、日々を気ままに暮らす彼女にどれだけの能力があるのだろう。それなのに彼女には自由な生活が与えられ、一方で夫は死に物狂いで働く毎日を送っている。彼女は寂しいことを理由に浮気を繰り返すようになるだろう。なんか妄想しているうちに段々腹が立ってきた。とにかく結婚なんてしたら最後、地獄門に一歩足を踏み入れているどころか、もう引き返すことの出来ない所まで突き進んでしまっている。
先日夢をみた。Kと俺が一緒に手を繋いで歩いていた。ところがKのお腹が普段より大きかった。よく見てみるとKは妊婦のような格好をしていた。そして「もうすぐね…」とKがその大きくなったお腹を眺めながら呟いていた。その後俺が通りの向こうに目をやると、遠くの方に初めて出会った時と同じ服を着た、かわいい頃のKが立っているのが見えた。しかし俺がいくら近づこうとしても金網のようなもので隔てられ、それ以上近づくことは出来なかった。俺は金網に手をかけ、何度も何度も揺さぶった。Kも俺がこっちにいるのに気づいていた。Kは泣いていた。俺も泣いていた。
目が覚めても何日経っても、この夢は忘れられなかった。なぜ自分がこんな夢をみたのかも考えた。そしてとりあえずの結論を出した。
俺に子供は育てられない。
なぜあんな夢をみたのか。俺の心に何か引っかかっていることがあるからだ。その出来事を書こうと思う。
俺は、コンドームを付けないでセックスをする奴はアウトローだと思う。周囲の友人にコンドームを装着しているかと尋ねると、答はだいたい半々に分かれる。だが誤って女性を妊娠させてしまったという話は全く聞かない。という事は、真田広之のように「私は付けない」というポリシーを掲げる人間もそれぞれが何らかの線引きを持っていて、ちゃんと外で出しているのだろう。別に彼らを軽蔑するつもりはない。しかし、コンドームが避妊に絶大な効果を発揮するのも事実で、感染症の予防にも有効である。だから俺はセックスする際には必ずコンドームを装着するよう心がけているのだ。
ところが、先日俺が使用していたコンドームにあるアクシデントが発生した。そもそも、ある程度の明かりがないとコンドームを装着するのは困難なのだが、その日の俺は部屋が真っ暗だった為、ゴムを付けるのに必死だった。しかもその日に限って、コンドームは新品の箱のままの状態だった。俺は裸のまま急いでコンドームをスーパーの袋から取り出した。ガサガサという音だけが荘厳な闇夜にむなしく響き渡る。袋から箱を取り出したまではいいが、今度はそれを包むセロファンが剥がれない。爪でいくらこすっても駄目だ。あまり間隔をあけ過ぎるとこれまで上がり調子だったボルテージが一気に下がってしまう。しかし焦れば焦るほど、箱を包んでいる薄いセロファンは剥がれてくれなかった。仕方なく俺は校長から表彰状を受け取る時のように、ゆっくりと両手で箱をかかげた。そして鑑定士が物を品定めするように、今度は落ち着いてあらゆる角度から箱を睨んだ。よし、剥がす部分が見つかったぞ。俺はやっとの思いで箱を開け、その中から一片のコンドームを取り出した。さあ、あとは付けるだけだ。付け方はもう心得ている。今まで何回も付けて来たんだ、手馴れたもんさ。こうして精液溜りの部分を手で押さえながら亀頭にかぶせて、あとはゴムを根元まで下ろすだけだ。
あれ? 下りないぞ。おかしいな。……しまった、ゴムの表と裏を逆にして装着していた! 俺は逆側の方に突起した精液溜りに見事に騙されてしまっていたのである。
俺はそれから気を取り直して、ゴムを反対側に裏返して装着し、無事セックスを遂行することが出来た。
しかし後になって考えてみると、普段セックスする直前の勃起した俺のペニスからはカウパー腺液が滲み出ている。ならば、あの時装着し直したコンドームの外側には、あの透明な汁が付着していた事にはならないだろうか。いや、外側というよりあれはコンドームの先端と言った方が正しいかも知れない。という事は、彼女の膣の奥深い場所にカウパー腺液が混入してしまった事になる。そのカウパー腺液中に僅かに精子が含まれていたとしたら…。そしてその中のたった一匹が卵子に到達してしまったら。彼女は妊娠してしまう…。
それからだった。何かに脅え支配を許した奴隷のような生活が始まったのは。彼女が少しでも体の調子がおかしいと言えば本気で心配し、抱き合えばおもむろに彼女の腹を撫でてしまう。あの日の訪れが心配で眠れない夜には、どこからともなく時期尚早な歌が流れてくる。♪もういくつ寝ると……
お正月になったら確実にアウトだ。
11/7
しばらく更新できずにいた。やはり毎日更新するのは無理だよ。そして、全然関係ないんだけど、女のことなんてどうでもよくなってきた。面倒だ。
文化祭が終わり、気が抜けてしまった。それもある。今まで一つの目標に向かって進んできたけど、それがなくなると虚しさだけが残る。だからという訳じゃないけど、日記を更新しようと思う。直接のきっかけになったのは、まだカウンターが回っているからだ。一体誰がどういう形で回しているのか、こちらには全くもって分からないんだけれど、やっぱり何かを期待されているような気がして書く気になった。
ずっと受身でいるという自分の性格は、男らしいものではない。相手が何かアクションを起こすまでひたすら待ち続け、それまで何もできない。これは誰にも嫌われたくないという自己防衛が働き、周囲の雰囲気と逸脱した行動は起こせないという処世術のためだ。こんな人間には友達ができない。社交辞令的に挨拶を交わす仲間はできても、本音をぶつけ合える友人はできない。
俺は本音を人にぶつける事ができない。だからこうして日記を書いているのかも知れない。
俺とKがいる前で、先輩が「二人は結婚しないの?」とか聞いてきて、それに俺は「そんなこと全然考えてないですよー」と答えていて、実際本当に考えられないのだが、このことが後に俺とKの間で問題になった。
Kは俺の結婚しないぜ発言にショックを受けたらしく、Kが言う分には、何年も付き合ってるのに先のことを全然考えてない、そんな状況がだらだら続くのであればこれから他の人を探す、ということらしい。俺を困らせる発言が来た。Kは定期的に俺を困らせる。わがままを言う。結婚の問題は二人に暗い影を落としている。俺とKは普段二人きりでいることが多いから、他の誰かに引き合わせると自体は思わぬ方向に展開する場合がある。Kに結婚願望があることを、俺はこの時はじめて知った。
もし俺がこのまま意見を発しなければ、今までの自分がそうであったようにこのまま受身でいたなら、結婚することになってしまう。やがて子供が生まれ、俺は家族のためだけ働く人間になってしまう。そう考えただけで胸が苦しくなるこの重圧は一体何だ。
お互いを知らない二人が互いに興味を抱く。1秒でもいいから触れてみたいと感じる。それ自体はドラマティックだが、今ある日常の光景は、それとかけ離れてしまった。何かに縛られてる感じがする。1週間のうち何日かは会わないといけないし、こちらから会おうと言わないと気持ちがないと言われる。どこかに出かけて風景写真を撮ろうとすると、私のことを全然かまってくれないと言ってふてくされる。部屋で何気なく雑誌を読んでいて、何気なく「この子かわいいね」と言ったら「じゃあその人の所に行けばいい」と怒られる。3回だったセックスが2回に減ると「溜まった時だけしてるんでしょ、気持ちじゃないんでしょ」とすすり泣きされる。こんな辛い思いをしてまで付き合う必要があるのだろうか。いや、ないだろう。
人と付き合うことに疲れてしまった。誰かとセックスしようなんて気は失せてしまった。由佳からメールが来ていた。「私のこと忘れちゃったかな?」そういや由佳もKと同じこと言ってたっけ。年をとっても互いに手を繋いで歩いてるような老夫婦になりたいって。
男はいつでも女のためにがんばって汗を流さなければならない。その息が途切れた時、女は男を見捨て別の男を探し始める。まるで寄生虫だ。俺は性欲を満たすために寄生虫まで飼おうとは思わない。
11/9
俺は一体何がしたいんだろう。自分でもわからない。卒業研究をしなければならないのに、最近では急速にやる気が失せてしまった。今じゃ何もやっていない。かといって他にすることがある訳でもなく、しているのはオナニーとチャットばかり。これといって書く程のことは起こらない。由佳は相変わらず俺を利用しようとしてくるし、Kと会うのも刺激がなくなってしまった。今の俺の生活には何もない。俺がいけないのだろうか。何かを起こそうとして、何かが起こるような気がして、駅まで歩いてみたり、ショッピングセンターで買い物をしたりした。でも期待したようなことは何も起こらなかった。突然生きた心地がしなくなってしまった。Kの生理はいつ来るんだろうか。先走り汁には活きの良い精子が含まれているという書き込みをみて、更に心配になってしまった。もし妊娠してたら選択の余地は残されていない。まず手持ちのバイクを売ろうと思う。
どうしようもない。
HPにデジカメで撮影した写真を載せてみたい。ここに俺の生きた証を刻み込みたいからだ。この日をとりあえず生きたのだという証拠を、写真は示してくれるだろう。port5に画像ファイルを置くよりinfoseek等の無料サーバを画像倉庫にした方が得策だと思うので、早速アカウントを取得してみたが、まだ登録完了の連絡が来ない。
自分の顔は見慣れてるからどんな顔か感じ取ることが出来ない。自分の性格はどんなだっけ。子供の頃の記憶が突然ふっとよみがえる瞬間があって、あの頃はあんな心を持っていたのに、いつしかそれを置いたままにしてここまで来てしまったように思う。今からその頃の自分を取り戻すのは難しい。それが本当の自分かどうかもわからない。
俺は、周りにいる全ての人から認められたいという理想を抱いていた。あろうことか、将来テレビや雑誌に出てくる有名な人とも友達になれると頭の中で想像していた。だが、全ての人と同じ気持ちを共有することなど所詮は無理だったのだ。毎日落胆しているのが自分。毎日オナニーばかりしているのも自分。俺は周りの人間の中の一人であり、この先嫌われることも、失敗することもあるだろう。それが当然だ。だから恐れずこれからも人や自分と接していこう。
11/11
家に閉じこもってたって煮詰まるだけだ。こういう時は、何かするに限る。そう考えて電車に乗った。渋谷の人混みにもまれてみた。歩いているとキャッチが話しかけてきた。いつもなら不快な気持ちがするのだが、今日ばかりは自分の周りで発生するあらゆる出来事や情報が脳内を駆けめぐっていくのが快感だった。俺は混沌とした道の中で様々なものを見て感じ取った。ごく普通の社会生活を送っている人は気づかないかもしれないが、平気で2,3日家に籠もりっぱなしだと、玄関のドアを開けて外に出た瞬間に受ける風すら心地よく感じる。歩いたり走ったりながら呼吸を続け、自分は生きているのだという実感を取り戻す。
その後Kと一緒に食事をした。この前までKに対する興味を失いかけていたものの、今日は充実した時間を過ごすことが出来た。家に帰ってからもKのことを愛おしく感じた。俺にはKしかいないと思った。色々な女性と話してみて、改めて彼女の存在の大切さに気づいた。そこに至るまでにはバカみたいなチャットを繰り返していた訳だけど、Kほど気が合ってかつ魅力的な女性はいないと今更実感した。それに、今まで俺はなぜか彼女に対して遠慮していた。今回自ら築いてきた壁を取り除いてみたら、予想以上に楽しい時間を過ごすことが出来た。セックスもよかった。今までも徐々にお互い高めて来てはいたが、今日のはかなりの出来だったと言える。相手のを舐め合うのは楽しい。俺もKも当初に比べて性器の触り方も舐め方も随分上達し、俺が舐めている時も変な事を口走って、Kはまるで別次元にいってしまったかのようだった。しかもKは挿入後すぐにいってしまった。そんな彼女の姿を俺は初めて見たので俺は妙に嬉しかった。
Kの生理がまだ来ない。もう来ないとおかしいと思い、こう尋ねてみた。
「ねえ、生理まだ来ないの? そろそろだよね」
「うーん、きっともうすぐだよ。なんで心配してるの? もしかして失敗しちゃったの?」
一瞬ギクリとした。Kの勘は鋭い。俺はこう返答するので精一杯だった。
「失敗なんてしてないけどさ、いつもより遅いから気になったんだよ。ははは…」
顔は無理して笑ってたけど、本当は心配で心配でたまらないんだ。だって失敗しちゃったんだもん。ゴムを逆に付けて勿体ないからそのまま裏返しにして使ったなんて、口が裂けても言えない。
| 先日登録したiswebからのメールもまだ来ない。これ以上待つのは疲れるのでgeocitiesのアカウントを取得した。試しに今日撮った夕焼けをアップロードする。 | ![]() |
こうして日記を続けられるのも、これを読んでくれる読者がいるおかげだと思う。もしカウンターが回っていなければ日記の更新などしていなかったし、カウンターが回っているから日記を更新する気になる。感謝していると書いたってその気持ちがどれだけ伝わるのかわからないけど、とにかく本当にありがたいと思う。カウンターが回り続ける限り、日記は続けていきたい。
11/15
気づいたらもう11月の15日になっていた。早い話かもしれないけど、もうすぐ一年が終わる。本屋さんに行けば年賀状素材集が大量に販売されているし、郵便局からは俺宛に年末・年始アルバイトの案内状が届いた。街を歩けばクリスマスの飾りもちらほら見える。寒い。普段はなるべく家のふとんの中に入るようにしているから、コンタクトレンズなんてここ3日間付けてないし、外出していないせいか何事にも興味が持てない。これではまるで怠け者なので、俺は来年の鋭気を養うために必要な冬眠をしているのだと自分に言い聞かせている。
まあそんな感じで特に何もないけど、身の回りに起こったくだらない出来事でも無理して書こうと思う。
iswebの登録完了メールが今日届いた。申し込みをしたのが9日だから、完了までに5日ほど要したことになる。さすがにここまで待つとは思わなかった。hoopsとの統合騒ぎで時間がかかっているのかもしれない。hoopsはいつも重かったりダウンしたりしている無料サーバなので、今回の統合でiswebまで悪影響を被るのではないかと危惧していたのだが、そんな心配は杞憂に終わりそうだ。試しにFTPに接続してみたのだが、恐ろしいまでのレスポンスの良さだった。port5やgeocitiesなど比べ物にならない速さである。ようやくこれで画像倉庫を確保することが出来た。あとはデジカメの写真を載せていくだけである。
環境の方は整ったのは良かったが、今度はどの写真を載せたらいいのかで迷ってしまう。レイアウトの問題もある。ここは日記のページなのでやたら写真を貼り付けると美観を損ねてしまうからだ。先日掲載した写真もその辺を気にしてかなり小さくしてみた。もちろん人に自慢できるような写真ではないので、あれ位のサイズで貼っていくのが適当かなと思う。
以前メールをやりとりしていた由佳とは完全に切れてしまった。これで良かったと思う。相手の声も顔もわからないような人間とメールを続けるのは苦痛である。別に会ってセックスさせろとか言ってるんじゃない。チャットをしてわかる相手の本来の姿など1ミリにも満たないと思うし、そんな奴に感情移入できる方がおかしいと言っているだけだ。
実はあともう一人メールしてた女の子がいたのだが、彼女とも切れた。向こうからメル友になろうとか、俺の彼女になりたいとかいうメールが届いていたのだが、自然にそういったメールが来なくなってそのまま途絶えた形だ。
俺の携帯の番号がプチ友募集ダイアルに登録されていた事もあり、沢山の男性が俺にメールを送信してきて困った。しかしそれで分かったこともある。彼らはとても打たれ強い。たとえ相手からの返事がなかろうと一切へこたれることはない。というか、返事なんて来ないだろう位に思っているような、やる気の感じられないメールも多数送られてきた。俺はネットで友達を募集する人間の持つある種の寂しさなど理解できないし、辛抱強く女にメールを送り続ける男の気持ちもわからない。
電車の中に乗ると、必ず何人かは携帯を片手にメールを打っている。別に珍しくもない光景である。俺には変な趣味があって、オヤジが読んでる新聞や雑誌等を横目で見る。新聞を読むこと自体は好きではなくて、なぜか人の読んでいるのを読むのが好きだ。最近は人のメールも読める時は読む。中にはとんでもないのがいて、エッチなメールをやり取りしている中年を過ぎた女性がいる。彼女らは仮想世界の中で人妻や熟女といった単語でもてはやされているのに違いないが、彼女は人を不愉快にさせる程不細工な顔つきをしていた。俺は彼女とメールしている男性が気の毒でならなかった。
俺の妹はメールばかりしている。家にいても食事をしながらメール。テレビを見ながらメール。一日中メールをしていると言っても過言ではない。この前なんて、もう寝たのかと思って彼女の部屋を覗いてみると、ベッドに横になりながらメールを不気味に打ち続けていた。同じ家族の一員として言うのもなんだけど、その姿は阿呆としか映らなかった。
俺はネットで出会いを経験できそうにない。仮想どころか現実の世界だって上手くいかない。二十数年生きていれば「棚からぼた餅」的なおこぼれに預かれる日があっていいようなものなのに、これ程セックスしたくてたまらないというのに、実際には付き合うというプロセスを何ヶ月も踏んで、最後にやっと肉体関係に至るケースしか体現できていない。これじゃまるでご褒美じゃないか。今まで私のわがままや愚痴をさんざん聞いてくれたり、色々な所にただで連れていってくれてありがとう。はいこれご褒美ね、ってこういうのはいやなんだよ、俺は会ってすぐにやりたいんだよ。「格好いいですね」とか「つき合ってください」とか言うんだったら俺のを今すぐにしゃぶれっていうんだよ、それすら出来ないくせに相手に気がある素振りなんかするな。
こんな絶望的な状況下で、一つだけいい知らせがある。俺にとってとびきりの、神に感謝の念を表さずにはいられない程のニュース。
俺は全然他の話をしていて、突然思い出したようにKにこう言った。
「そういえばさあ、あれ来た?」
言うまでもなく、本当はこれが今日の長電話の中で一番聞きたい内容だった。
「ん、あれって何?」
ここで核心をつくあの言葉を口にするのは躊躇われたが、なりふりかまっている場合ではなかった。それ程俺の心はそのことで一杯になっていた。
「ええとねえ、……生理のことだよ」
「あ、今日来たよ」
ばんざーい、ばんざーい! その瞬間、頭の中では近所の住民や親戚が総出となり、俺を取り囲んでの万歳三唱が始められていた。その中には高校や中学の頃の友達もいた。とにかく俺がこれまで知り合ったあらゆる人物がオールキャスティングで祝福してくれた。やったよ。俺はとうとうやったんだ!
「そうなんだ。体大丈夫? 具合悪くない?」
気がつくと俺は、まるで心配事など何もなかったかのように冷静を取り繕い、Kの身体のことを心配するやさしい彼氏を演じていた。
「うん。大丈夫みたいだよ」
よかった。本当に良かった。この先俺にどんな問題が降りかかってくるかわからないけど、とにかく今は感無量である。
11/16
寒い。ずっとふとんの中に籠もりきりだ。だから沢山の夢をみる。夢は起きてしまうとほとんど忘れてしまうけど、衝撃的な夢は起きても憶えている。なぜかわからないが親が俺の恋人を勝手に探してきてしまう夢をよくみる。実際父は結婚できないいとこの相手を紹介したりするお節介な所があるし、両親が息子のつき合う女性に興味がないわけがない。そういう背景があって、親が俺の相手を勝手に探してくる夢をみるのだと思う。
夢に出てくる女性に限って魅力的なのはなぜだろう。その人のことを想像するだけで幸せな気分になる。でも彼女の記憶は大抵2,3日で消えてしまう。俺が現実の世界に引き戻されるせいだろう。現実といっても相変わらずくだらない反復に過ぎないのだが。
人に寿命がある以上、世の中における全ての事を知ることは無理だ。しかし、自分が無知であることを悪びれもせずにさらけ出すのは、時として罪なのではないかと思うことがある。
俺は何年か前の夏休みにある地域のIT講師というバイトをした。募集には講師役とそのアシスタント役の2種類の求人があった。アシスタント役は講師の補助だからもちろん時給が安かった。初めは講師役に応募しようかと考えたが、アシスタント役が俺よりも知識のある奴だった場合、とても気まずい思いをすると感じたので、少し遠慮してアシスタント役に応募した。
もともとこの求人を知ったのは俺に送られてきた一通の迷惑メールからだった。こんなメールで本当にバイトができるのだろうかと不安もあったが、そのまま名前・住所と振り込み口座を記して返信すると、講習のためのテキストが自宅に送られてきた。どうやら奴らは本気らしい。中を開けてみると、テキストの他に、いついつどの場所に何時に集合してください、という紙切れとご丁寧に集合場所の地図のコピーまで同封されていた。
地図を頼りに駅から15分くらい歩いて目的地に辿り着いた。そこは小学校だった。小学校に入るのは何年ぶりのことだろうか。あの頃は生徒として。今は逆に教える立場として門をくぐった。門をくぐったというのは少し大袈裟かもしれない。当時、児童殺傷事件の影響で小学校のあらゆる門は全て閉じられていたのだから。俺は仕方なく、誰にも見られないように注意しながら柵をよじ登って学校に侵入した。
受付に入ると、通りかかったおばさん達が挨拶してくれた。彼女らは俺が講師だと思っているのだろう。彼女らはこちらが恐縮してしまう位礼儀正しい。おそらく生まれてから今日まで、教師は偉い存在だという勘違いをし続けてきたのだろう。
しばらく校内をうろついていると、学校の教頭先生が迎えてくれた。彼は非常に感じのいい人で、校長にありがちな堅苦しさが全然なかった。俺はそこで学校についての説明を受けたり軽い世間話などをした。
そうこしている内に講師役のアルバイトが来た。彼女は俺よりも年上みたいだったのでいくらか安心した。
IT講習会を受講しにやって来た生徒は俺の予想通り、若い女性などは皆無で、ほとんどがお年寄りや暇を持て余した主婦だった。俺達の仕事は彼らにパソコンのいろはを教える事だ。はじめはこんなバイトなんて気楽なものだと思っていた。テキストだって、ダブルクリックのやり方やワードの使い方やインターネットのやり方が載っている初心者向けのものだった。しかし実際の仕事には、ある種の倦怠感が伴っていた。パソコンを触ったこともない人間に操作を6時間続けて教えるのは、非常に骨の折れる作業だった。
テキストによれば、このIT講習会は4日で終わるようにプログラムされている。だから俺達にも今日はここまでやればいいというだいたいの指針が立った。しかし生徒は子供ではない。若者でもない。60をとうに過ぎた老人達である。耳が不自由な人だっているし、覚えの悪い人だっている。老人達には誠意を尽くして一生懸命教えても、次の日には習ったことの全てをきれいさっぱり忘れている。2日目になっても1日目に習ったことをもう一度はじめから教える必要があった。中には最終日になってもダブルクリックすら出来ない人もいた。腕が常に小刻みに痙攣していて、マウスを定位置に保つことが出来ないのだ。俺はその度ファイルを開いてあげなければならなかった。
2日目あたりにペイントで絵を描く時間があった。マウスで絵を描くなんて俺だって出来ないのに、それを彼らにやらせるなんて無茶なテキストだと思ったが、生徒の絵を観るのは非常に興味深かった。林檎が好きな人は林檎の絵を描いていた。グリーンとポールの絵を描いてた男性は、ゴルフ好きなのだろう。生徒一人一人が思い思いに全く違う絵を描いている。それまで生徒は俺にとって同じ生徒でしかなかったが、絵を観た時初めて彼らはそれぞれ違う人間であり、違う個性を持っているのだという実感が湧いた。
最終日はIEを使ってインターネットのホームページを見る授業だった。最初に出すページはだいたい決まっている。お馴染みYahoo!JAPANである。講師は言った。「それではアドレスの横にある枠に”http://www.yahoo.co.jp/”と入力して、ヤッホーを開いてください」
俺は一瞬自分の耳を疑った。え、ヤッホー? これってヤッホーって読むんだっけ? その時彼女があまりに自信満々で「ヤッホーを開いてください」と言い放っていたので、俺は「もしかしたら本当はヤッホーと呼ぶのが正しいかもしれない」と半分信じそうになっていた。その後アドレスを打ち間違えた何人かの生徒が「先生、ヤッホーが開けません」と言っていた。俺はそれを聞いて何かが間違っているような気がした。大切な何かが。
次にテキストはGoogleを開くように指示してあった。彼女は言った。「さっきと同じように、アドレスの横に”http://www.google.co.jp/”と入力してゴーグルを開いてください」
え、ゴーグル? あれってゴーグルって読むんだっけ? さっきと同じように開けない老人達は「先生、ゴーグルが開けません」と大きな声で彼女に伝えていた。俺はよっぽど彼女に本当の読み方を教えてやりたかった。でももしかしたら俺の方が間違っているかもしれないと思い、話を切り出すことができなかった。それに、こんな間違いを指摘したからといって何になるのだろう。たとえば中腰になってる女性に後ろから、「お姉さんパンツ見えてますよ」と言った所で何の意味もない。言われた方が赤面するだけである。知らない振りをした方がいい場合もある。
言葉というのは不思議なものだ。Aという言葉をA'と変えただけで全く違う意味になることがある。2ショットチャットの影響からか、さっきから「知る」が「汁」に、「駅」が「液」と表示されるのでいちいち変換し直さなければならない。汁のまま入力すれば全く違う意味を示すことになるからだ。しかし人はある程度許容範囲を持っていて、多少間違いがあったとしてもだいたいの意味は通じるものだ。「そうぶせん」のことを「そうむせん」と言ったり、「たかだのばば」と「たかたのばば」のどちらが正しいのかといった質問をしてみたところで、それは無意味な詮索に終わることが多い。しかし些細な間違いが思わぬ事態へと発展する事もあり得る。
Kと大戸屋で食事をしたことがある。Kはつくねが好きなので、「つくねはおいしいんだよ」と言っていた。俺はつくねがあまり好きではなかったからこう言った。
「俺はあんまり好きじゃないな。それより秋田名物のさ、串にご飯がくっついた様な食べ物あったじゃん。あれ何て言ったっけ。形はうまい棒に似てるんだけど。なんだったっけ、思い出せない…」
Kも「あれ、なんだっけねえ」と名前を忘れたらしかった。しかし、しばらく経って突然Kが、
「思い出した! タンポンだよ!」
と確信に満ちた表情で言った。その声はしんと静まり返った店内に響き渡った。周囲の視線が一度に集中した。
俺には、少なくとも今思い出そうとしてる食べ物がタンポンではないことだけは明白だった。そして、Kがとんでもない日本語をついうっかり口にしてしまったこともわかっていた。Kはその後自分の間違いに気づいたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
妹がこう尋ねてきたことがある。
「ねえお兄ちゃん、アドベのフォトショップっていうソフト持ってる?」
その時の妹の態度がいかにも堂々としていたのでこう言い返してやった。
「お前馬鹿か? そんな事聞いてよく恥ずかしくないな。それはアドベじゃなくてアドビって読むんだよ」
すると妹は「そんなのどうでもいいじゃん」と反論してくる。これはどうでもいい事ではない。妹はこのまま呼び方を変えなければ、一生恥を背負って生きていくことになるのだ。俺は妹にこう言い聞かせねばならなかった。
「いいから絶対にこれからはアドビって読めよ。わかったな」
妹は渋々納得した様子だった。
ある日、妹がこう言った。
「お兄ちゃん、このCD-Rにファイルを入れようとしたんだけど出来なかったよ」
見ると妹はimationの新品のCD-Rを持っていた。これならちゃんと書き込めるはずだと思って、こう聞いてみた。
「え、おかしいな。どこのパソコンでやったの?」
「学校のパソコンだよ」
「学校のパソコンにCD-R内蔵されてるのか?」
「え、CD-ROM入れる所はちゃんとあるよ」
「あのなあ、CDが入る場所があっても、それがCD-Rドライブじゃなきゃ駄目なんだよ」
「そうだったの? 知らなかった」
更に話を聞いてみると、どうやら妹はフロッピーのようにマイコンピュータからCD-ROMを開いてデータを移せるものだと勘違いしていたらしい。初心者はとんでもない勘違いをしていることがある。その度妹は「パソコンって不便なんだね」と不満を漏らした。
後日、妹がこう言ってきた。
「ねえお兄ちゃん、アドベのイラストレータって持ってる?」
妹は先日の指摘を忘れ、懲りずにアドベと堂々と口にしていたので、俺は怒ってこう言った。
「だからアドベじゃないって言ってるだろ。一体何度言ったらわかるんだ?」
「あ、また間違えちゃった。これ何て読むんだっけ?」
「アドビだよ。アドビ。」
「ふーん、アドビって言うんだ。この前友達がアビバって言ってたよ」
「アビバ…? アビバはパソコンスクールじゃんかよ!」
もしアドビの社員がこの醜態を知ったら、さぞかしがっかりしたことだろう。しかも、Adobeをどう間違えたらアビバなんて読めるんだ? はじめの”ア”しか合ってねえだろうが。
俺が無言で黙っていると、しばらくして妹がぽつりと呟いた。
「でもなんとなく似てるよね」
「似てねーよ!」
妹がパソコン初心者を抜けるまでの道のりはまだ遠い。
11/19
その日はKの家に行かなければならなかった。そこで何泊かすれば日記の更新は滞ってしまうから、この前は2日連続で日記をつけた。2日連続更新なんて大変な労力が要るのではないかと思ったが、案外これといった苦労もなく更新することができた。書き終えてみて何かが分かり、自分の中での心境が変わった。これまで見られなかった新しい考えが生まれた。その考えとは、自惚れとか自画自賛と思われてしまうかもしれないけれども、つまり俺はいい線いくんじゃないかということだった。もちろんこのまま書き続けたり精進して努力する必要はあるが、その気になれば文章で何だって表現できそうな気がしてきた。それは上手くは言えないが、ちょうどプールや海中で泳ぐコツを発見した時の感覚と似ている。今までは文章の力、すなわちもうろくした年寄り共が口にするペンの力の事など知ろうともしなかったが、これは使いようによっては武器になり得るかもしれないと思った。ただそれを有効な武器として使えている人間があまりに少ないため、言い換えれば世の中に氾濫している情報のほとんどが無意味に無秩序に垂れ流されているため、その武器の存在に気づくのが遅かったのだ。
自分にとってわからないこと、不確かなことは言葉にはならない。だが、今まで不確かだったものが、これから確かになっていきそうな気がする。がんばって手を伸ばせば届きそうな気がする。最初はただの自己満足で書いていたけれど、日記の存在が公になってからは放置するのも人の期待を裏切るような気がしたので続けた。ところが最近、自分の日記は面白いのではないかという感覚が生まれてきた。そして、俺が書かないで他に誰が書くんだよ、といった使命感のようなものも芽生えはじめた。
自分にとって不確かな事は上手く言葉にならない。だがこれだけは言える。俺は自分が果たしてどこまで行けるのかを見届けたい。ネット上にあるランキングとか投票獲得数とか、ああいった序列の上位を目指すのではなくて、現実と呼ばれる不条理な世界に挑戦したい。だが具体的にどうすればいいのだろう。今日はそんな事をずっとベッドの中で考えていた。
11/21
あれからずっとベッドの中で考えていた。自分に出来ることなどそういくつもある訳ではない。今日はずっと横になっていたため、久しぶりに外出した。車を運転する夢をみたので幕張までドライブしてみた。
結論からいえばこういう事だ。誰が好きこのんでエロ小説など読むだろう? エロ小説が売れないと言っているのではない。もし売れないのならとっくにこの世から消えているはずだ。俺のバイト経験からいっても、エロ小説はオヤジがよく買っていく人気のある本だった。あまりに売れていくものだから、エロ小説ばかり追加で注文した。仕入れても仕入れても本は売れていき、いつしか店に唯一ある本棚の半分以上がミステリーや文学小説をよそに、エロ小説で埋められていった。女性や子供であっても本を物色する時はその本棚を眺めるから、モラルも何もあったもんじゃなかった。ともあれ、本というカテゴリーの中ではエロ小説は確かに売り上げを伸ばしていた。
しかし、もし男である俺達が今夜のおかずに何を使うかを考えた時、それが少なくともエロ小説ではないことくらい、説明するまでもなく自明の真理だろう。俺達には写真がある。ビデオがある。インターネットもある。俺達が使うのは大抵それであり、小説を読みながら行為に耽るのはごく少数派だと思われる。
小説には前提がある。この物語がフィクションであるという前提が。登場人物が本当に実在し、物語の中の陰惨な殺人が実際に行われていると思いながら読んでいる奴はいない。文章を上手く書けば人を感動させることも恐怖に陥れることも可能だが、それには特殊な能力が必要で、例えば「机の上にりんごがある」という単なる単語の羅列にも意味を持たせなければならないだろう。これは見てきたような嘘をつける位の人間にならないと難しい。少なくとも俺には向いていない。俺が文章を書くのは偽りのない真実を書きたいと思うからであって、はじめから脚色しようと思って書こうとしてもうまくいかないのだ。
逆に日記には書かれた事がフィクションではないという暗黙の前提がある。わざわざ日記に嘘を書く必要なんてどこにもないからだ。「今日は〜に行った。」と書けば本当にそこに行ったのだろうし、「俺は〜が嫌いだ。」と書けばその人は本当にそいつを嫌っているのだろう。だから自分としては身近に起こった出来事を書くスタイルの方がやりやすいし、よほどの理由がない限り小説(フィクション)を書くことはないと思う。
ただ先のことを考えると、今自分のしていることに未来はない。この狭い世界の中で密かに日記を更新を続けたとして何が得られるというのだ。もちろん嬉しいこともあるけれど、俺は昨日より面白いことを書いていきたいし、それがネットという世界に収まりきれなくなる日がいつか来るだろう。
将来は会社の組織で働くいつ死んでもいい兵隊なんかじゃなく、自分にしか出来ないことをしたい。だが今のところはヒントすらない状態で、普段していることはベッドで寝る事と散歩くらいだ。これからもっと面白いものが書けそうな気がするのに、この期待を一体どこに持っていけばいいのだろう。
最近とりとめもない悩み事ばかり書いてしまい、大変申し訳ないと思う。別に誰かに助けて欲しいとか頼ろうとして書いているのではなく、今はこういう事しか考えられないため、このような内容になってしまう。しばらくすればまたどこかに希望を見出して、気力も取り戻せると思う。
11/22
もうすぐ11月も終わりだ。今日は一段と寒い。これからもっと寒くなるのなら、生きていく気力すら失われそうである。
今日も何もすることがないのでFF7を再びプレイしてみた。これまではPSを使用していたが、今回はエミュレータを使ってプレイした。エミュレータとは、PCでPSを動かすソフトのようなものである。エミュレータといっても情報を集めるのに時間がかかるし、ゲームそのものを安定させるのにも工夫がいるので、根気のない人には勧められないが、エミュレータには次のようなメリットがある。
・テレビのスイッチとプレステの電源ををわざわざ入れなくても済む。→パソコンばかり使っている人間には楽。
・ゲームのスピードを任意に変化せることができる。→アクションゲームには不向きだが、RPGのレベル上げには重宝する。
・メモリカードが不要。→ハードディスクに直接セーブされるので、その気になれば無限にセーブデータを保持することができる。
特に、3番目のセーブデータを直接パソコンに保存できる機能は重要である。これを利用してセーブデータをいじってキャラのステータス変化を楽しむことが出来るからだ。FF7においてはセーブデータ変更ソフトがネットで配布されているので、それを使って簡単にデータを変えることが出来る。レベルを99にしたりギルをMAXにしたりというのはもちろん、まだ仲間にしていないキャラを仲間にすることも出来るので、途中で死んでしまったパーティを生き返らせることももちろん可能である。例えばエアリスを生き返らせて物語を進めていき、途中で死んだはずのエアリスの会話が出てくると、スタッフの制作過程がかいま見られたような気がして、こちらとしてはたまらなく嬉しい。
また、マテリアやアイテムを全て所持する設定にすると、普通にプレイしていては絶対に見ることができない名前を覗くことが出来る。例えば水中呼吸というマテリアや、名前が通し番号のまま放置されたアイテム等々。これらは惜しくも物語には登場する機会に恵まれなかったのだと推測できる。欲を言えば、キャラクターごとの会話を全て参照できるようになればいいが、ここまで望むのはわがままかも知れない。
| 俺は他のFFシリーズはあまりプレイしたことがないが、FF7だけは飽きずに何度もプレイしている。もう発売から5年くらいになると思うが、面白いソフトは何度やっても新しい発見がある。ついでにスクリーンショットも載せておこう。 | ![]() |
11/24
困った。またport5のFTPが落ちている。日記を書いてもいつアップできるのかわからない。それはいいとしても、どうしてこんなにやる気がなくなってしまったのだろう。全然テンションが上がらない。無気力。考えすぎるとまた落ち込むのでやめよう。
何もすることがない。何をしようとも思わない。こういう時は寝るに限る。そう考えてぐっすり寝ていたのだが、さっき携帯電話が鳴って急に起こされてしまった。それから寝ようと思っても目が冴え切ってしまって眠れない。だから何かを書こう。仕方なく何か書こう。もう全てがつまらなくてどうしようもない。
俺の所有するカメラは3台ある。コンパクトカメラ、一眼レフ、デジタルカメラの順に買っていった。そのうち3台とも新宿のヨドバシカメラで購入した。ヨドバシカメラはポイントが付くため、他店よりトータルで安くなることが多い。特に新宿店はポイントが20%付くのでお得である。
なぜ写真を撮りたいと思うようになったのかはよく分からないが、無性にカメラが欲しくてどれを買おうか迷った。俺は欲しいものを買う時は大抵インターネットで下調べをする。実際に使用しているユーザーがどのような評価をしているのかを参考にするためだ。当時は価格comにカメラのカテゴリーがなかったため調査は難航したが、諦めず何度も検索を繰り返した結果、リコーのR10を買おうと決心がついた。その時もちろん2chのR10スレッドも参考にしていた。
確か週末の日曜日だったと思う。予想通り新宿のヨドバシは混雑していた。中でもデジカメのコーナーは販売スペースも多く確保され、商品をPRするスタッフやそれを品定めする客の姿で賑わっていた。普通のカメラはデジカメのおまけのように扱われていた。カメラのコーナーはヨドバシの中でも一番目立つマルチメディア館から隔離された場所にあった。でも俺はそれを不快には感じなかった。俺はデジカメに群がる客達を心の中で軽蔑していた。
デジカメのどこがいいんだよ馬鹿共。銀塩カメラの方が写りはずっといいんだよ。そうとも知らないで流行に乗せられやがって。ばかじゃねえの。と思った。
俺は当時、デジカメを真っ向から否定していた。それはただ単に流行嫌いなだけかもしれないが、カメラにフィルムを装填して撮影したものが紙媒体になることに魅力を感じていた。デジカメは撮影したものは単なるバイナリデータに過ぎないが、プリントした写真は手にとって直接目で確認できる。そして何より、銀塩カメラから現像した写真にはデジタルカメラでは到底得られないであろう、独特の味があるように感じていた。どうしても銀塩カメラで写真が撮りたい。俺はカメラで写真を撮る未来の自分を想像しながらヨドバシのカメラ館へ向かった。
コンパクトカメラといっても店内には沢山の種類のカメラが並べられていた。俺ははじめからR10を買うつもりだったので探すのに時間はかからなかった。あとは店員に声をかけるだ。しかし、「すみません」の一言が言えない。
俺はタイミングの悪い人間だ。人に何かを言わねばならない時、いつその言葉を発したらいいのかわからない。ああだこうだと悩んでいるうちにタイミングを逸してしまい、大分経過した後になって話を切り出すから、結局人からは「間の悪い人間」の烙印を押されるはめになる。バイトをしている時もそうだし、友達と話している時も同様で、だから俺はコミュニケーションの能力が低く、他人からは一風変わった人間と思われる傾向がある。でもみんな聞いてくれ、俺はみんなと同じ普通の人間なんだぜ、いえーいちんちん! などと気の利いた台詞がとっさに出てくればここまで人付き合いに苦労しなくて済むのに、今までに一度だってそれを言えた例がない。
この症状は様々な場面で俺の人生に深い影響を及ぼしている。俺は電車に乗っていても空いた席に座ることが出来ない。電車が駅で停車した時、前に座っていた人が降りるために席を立ったとしよう。すると、俺は席に座ろうかどうしようかと悩む。席に座ろうとして他の奴に座られた時ほど間抜けなことはない。そうこう考えている内に、傍で立っていたおばさんが席を狙ってこちらに侵攻してくるので、俺はやはり立つことにしようと決心する。そうすることで俺は席に座ることに無関心であり、よって傍にいたおばさんが座ったという構図が出来上がり、座れず敗北感漂うプライドも一応保たれることになる。そして俺はおばさんが席を座った後も涼しい顔で平然を装う。しかし心の中では、ちくしょー俺が座るはずだった席を横取りやがって、と悔やしがっているのだ。
車を運転している時も同様である。道路には車線があって、車はそれに沿って走行しなければならないのだが、俺はタイミングをつかめないため車線変更が出来ない。なのでずっと同じ車線を走った結果、本当は直進したい所なのに交差点の前で泣く泣く左折のレーンに突入してしまっている自分がいる。それだけなら回り道をすればいいだけの話だが、もっと悲惨なのは、道路を直進していって知らず知らずのうちに俺のレーンだけが路肩になっていて、ものすごい不安に襲われながらも更に進んでいくと、その路肩さえも徐々に幅が狭くなっていき、しまいには完全に無くなってしまう場合である。そういう時は車が一台もいなくなった隙を見計らって隣のレーンに移るしか脱出の方法はない。
この時も俺はカメラ館の中でいつ店員に声をかけるべきか悩んでいた。そして何を言うべきか悩んでいた。もしここで、
「あの、R10ください」
などと店員に買いたい機種を指名してしまったら、「こいつ2ch見て来たんじゃねーのか? スレに書いてあること鵜呑みにしやがって。厨房ケテーイ」と思われるかもしれない。そう思われるのが恐かったので、俺は品切れ中のシールが貼ってあったR1sから攻めていく作戦を思いつき、店員にこう切り出した。
「あの、ここにあるR1sっていつ入荷するかなんてわかりませんよね?」
「わかりませんねー、ここにあるR10でしたら在庫あるんですがねえ」「そうなんですか。じゃあ……それください!」俺はそんな勝利の方程式を思い浮かべていた。ところが店員は俺の期待とは裏腹に、必死になってR1sがいつ入荷するのかを電話で調べ始めたではないか。こういう時に限ってなぜ真面目な店員に当たってしまうのだろう。しかも1本目の電話では情報が得られなかったらしく、電話は2本目に突入していた。それから5分くらい経っただろうか。店員がこちらに歩いてきて、獲物を捕らえた漁師のごとく自信に満ちた表情でこう言った。
「R1sは、X月XX日にこちらに入荷しますよ!」
俺はしばらくの間、言葉を失った。こんな時、何を言えばいいのだろう。本当はR10を買うつもりだったのに、変なプライドを持ったために妙な事態になってしまった。考えてみれば、俺の人生ってこういう事ばかり起こるんだよな。
「あ、このR10ってR1sとどう違うんですか?」
俺はさもその時初めてR10の存在に気が付いたとばかりに言った。店員は丁寧にR10の説明をしてくれた。それはほぼネットで集めた通りの内容だった。
「じゃパノラマ機能が付いていないけど、写りはR1sとほとんど変わらないんですね。それで9800円か。うん、安いなー」
俺は感心したようにR10に心奪われていく客を演じた。もっとも、R10には実際に魅力を感じていたので、それ程難しい演技ではなかったが。そしてやっと最後にやっと肝心の一言が言えた。
「じゃあこのR10ください」
苦労して手に入れたものの方が喜びが大きいというが、R10を買った直後の俺の喜びもまた格別だった。初めて自分の金で買ったカメラということもあり、俺はどこに行くにもカバンにR10を入れて立ち止まってはカメラを構えた。というより、R10で写真を撮るために外出していたのかもしれない。更に俺は一人で北海道まで旅した。その事を友人に話すと大抵、「え、一人で行ったの?」という返事が返ってくるのだが、旅行はすごく楽しかったし、また俺はR10を片手に北海道に行きたいと思っている。
11/25
port5のFTPに接続できないまま24時間が経過した。ここまで繋がらないのは初めてのことだったので、とてもつもない不安に襲われた。その間port5という海外のサーバを選択した自分を悔いた。でも当時の決断を振り返ってみると、自分の契約しているプロバイダが用意してくれたスペースを利用せず、わざわざ不安定な海外のサーバを選んだことにもちゃんと理由があった。
俺が考える良いサーバの条件とは、第一に無料であること、第二に広告が表示されないこと、の2点に尽きる。だが、インターネット上でこのようなサーバはほとんどないと言っていいだろう。たとえあったとしても管理者は試験的かつ気まぐれに運営していることが多いので、永続的なサービスの継続を望むことは出来ない。
俺がなぜ無料に拘るのかといえば、サーバに金を払うのが面倒だからだ。毎月金を払う心配を抱えてまでHPを続けていたくないのだ。なんか気分的に重いし。いつやめてもいいくらいの軽いノリで続けていきたい。それに万一、事故等の理由で利用者が死亡した場合は、当然サーバに金は支払われなくなるから自動的にHPも消滅するだろう。すると訪問者はサイトの管理者が自ら削除したと勘違いするに違いない。ならば自分が死んでも半永久的に記録が残る無料サーバの方が絶対に良いと思う。”〜ここに安らかに眠る”みたいな、この世を生きた証にもなろう。政府も税金を無駄な事に使うよりは、サーバに公共投資をして戦中の生き証人達の遺言を残させた方がいいと思う。
俺はページの上部や下部に勝手に挿入される業者の宣伝広告も嫌いである。別に他人のHPの広告が目に入る分には気にならないのだが、自分のページに勝手に改変し広告を表示されると腹が立ってくる。
以上のような理由から、俺は無料でありかつ広告表示のないサーバを利用しようと考えた。今回port5が長時間FTP接続することが出来なかったので、俺は放心状態のまま他の管理者が運営しているport5サイトを回ってみたのだが、管理者の多くが途中でport5を踏み台にして他の無料サーバに移行していたことがわかった。確かに、いつ繋がらなくなるともしれない不安定なサーバより、広告表示はあっても国内の定評ある無料サーバの方が精神的に楽なのかもしれない。俺も今回の一件で正直引越そうかと考えたが、いつの間にか復活したようなので、またしばらくはこのport5でやっていこうと思った。もしここが更新されなくなった時は、長期に渡りサーバに繋がらなくなったか、もしくは俺が死んだかのどちらかである。